時代に巻込まれず、思想を貫いた地域に伊根があります。
先日、京都北部を歩いてきました。
伊根三ヶ村集落は、若狭湾を時計回りに回遊する魚群が最も陸地に近づくポイントに位置していたこと、湾口にある青島が自然の防波堤となり、湾内には殆ど波が立たず静かなこと、冬は暗くて雨や雪の多い裏日本の気候で、舟や漁具が痛みやすいこと、等々の理由で、水際に約230軒の水上集落が並んだ独特の景観が生まれました。
道を挟んで山側は平入りの住居、海側は道からも海からも妻入りで、海水のひた寄る階下は舟小屋で階上は修理や収納の場。舟小屋と母屋の間を通っている道は嘗ての中庭と聞きました。
自然環境に恵まれた漁業と農業中心の生活は、現在まで引き継がれていますが、国の保存地区に指定され、観光客の増加に伴い、料理旅館やカフェへ事業をシフトした家屋もあります。
今の多くの住居は、利便性や経済性など、住むことの計算はしても、人が住まうことの意味を問うてはいません。伊根の舟屋が造形として美しいのは、其処に住む人の思想が美しく強いからだと思うのです。「人は量れるものだけでは暮らしてはいない」という思いを確認した気がします。
今回の宿は天橋立の文殊荘、吉村順三の1966年の作品です。景勝地の風景に調和する外観で、時折通過する遊覧ボートが室からの眺めを楽しませてくれます。
客室は分棟形式で住宅のような優雅な雰囲気。建築家の大切な意匠は変わらず、隅々まで掃除と修繕が心掛けられています。
雨戸がガラス戸の内側にあるのは、初冬に吹く「雪起こし」という強い風雨対策ため。その他、景観と快適さを生むディテールが随所に見られます。